アイヌ民族は、明治國家によって最初に「皇國臣民化」させられた民族である。その方法として、言葉や名前、そして土地を奪われ、さらには强制移住もさせられた。これは、植民地化...

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尹龍澤 (創價大學法學部敎授)
2001
Japanese
360.199
KCI등재
학술저널
129-140(12쪽)
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アイヌ民族は、明治國家によって最初に「皇國臣民化」させられた民族である。その方法として、言葉や名前、そして土地を奪われ、さらには强制移住もさせられた。これは、植民地化...
アイヌ民族は、明治國家によって最初に「皇國臣民化」させられた民族である。その方法として、言葉や名前、そして土地を奪われ、さらには强制移住もさせられた。これは、植民地化された韓國人がその後にたどった道でもある。
また戰後の「民主改革」も、日本におけるエスニック․マイノリティにとっては新たな抑壓の開始であった面も否定できない。なぜなら、アイヌにとって「農地改革」は、「北海道舊土人保護法」によって下付された給與地の34%が買收されることになったのであるから、それは取り上げという收奪に他ならなかった。また、在日韓國人にとって「民主改革」とは、參政權の剝奪、外國人登錄法․出入國管理法を頂點とする法制度差別の實施という露骨な差別主義政策の始まりであったからである(李英和、前揭論文、參照)。
アイヌ民族の歷史は、「國籍」という點を除けば、在日韓國人の步みと見事なまで重なり合っている。このことは、一方では假に何らかの方法によってすべての在日韓國人が日本「國籍」を有するようになったとしても、日本社會においては、いわば構造的差別の問題に直面し續けることを暗示するとともに、他方では、國際法上の「國籍」(nationality)、國內法上の「市民權」(citizenship)、そして「民族」の三者を同一視した單一システムを前提として構成されている現行の日本法制度のもつ欺瞞性を明らかにしているのである。それは、單に社會的狀況の變化によって制度疲勞を起こしたというものではなく、「國籍」と「市民權」と「民族」は明治國家の成立の當初から必ずしも同一視できないものであったという點が强調される必要があろう。
ひるがえって、現今の日本の社會狀況を見ると、經濟的沒落に起因する被害者意識に基づく、外に對する攻擊的な民族主義と、內に對する自己憐憫的な民族主義が徐々にたかまっていることを痛感する。
このような狀況は、諸外國における民族紛爭や混亂が大きく報道されることによって、日本國民の一部に少數民族の存在を不安視ないしは危險視する風潮が生まれている。
しかし、日本における少數民族のうち、少なくともアイヌ民族や在日韓國人は、幸か不幸か、分離․獨立を含む民族自決權を主張․行使する客觀的條件を缺いていることは明白であり、彼らの「民族主義」は、社會的分裂を招くものでもなければ、民主主義を破壞するものでもなく、社會的な要因によって妨げられている自己實現の道を回復するというに過ぎないものである。現在の客觀的狀況を直視するとき、アイヌや在日韓國人の場合には、制度としての多文化主義の實施(例えば公用語の多元化)よりも、エスニシティの尊嚴の重視という精神的側面が强調されることになるのであるから(李英和、前揭論文、參照)、アイヌと在日韓國人が「民族主義」を唱えるとき、それは「エスニシティの尊嚴の重視」=「基本的人權の尊重」を求めるものであって、日本の「民主主義」と對立することはあり得ない。否、日本の民主主義の發展の中でのみ彼らの「民族主義」はその目的を達することができるものである。日本の「民主主義」とかれらの「民族主義」は常に同じベクトルを向くほかないのである。この事實に目をつぶって彼らの主張に對して不安と敵意を煽ることは、日本民族を滅亡の緣へと導いた、かつての國家主義の復活以外の何物でもないと言わざるを得ないであろう。
목차 (Table of Contents)
「日本における少數民族の權利(尹龍澤)」에 대한 討論者 意見