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阿武正英 일본학연구회 2002 일본학논집 Vol.16 No.-
「道草」(1915 (大4) · 6·3 ~ 9·14、『朝日新聞』)は「明暗」が未完に終わったため、漱石にとって完成された形の小說としは最後の作品であった。また、漱石の虛構作品群において、多分に自傳的な事項を盛り입まれたものとして特異な位置を占める。本稿ではその「道草」に表れる語り手の人間認識を中心に考察を進めてまいりたい。すでに、吉田熙生の「道草」を『こころ』の「先生と遺書」と關聯づけて漱石の「遺書」と考える說や、渡邊澄子の健三の健康狀態に着目した同樣の指摘も出ている。一方、大岡昇平による漱石の妻·鏡子の口封じのために書かれたというユニ一クなものもある。いずれたしも、漱石は「道草」によって、「色氣を取り除き」「もっと卑しい所、もっと惡い所、もっと面目を失するや自分の欠点」(「硝子戶の中」1915 (大4) ·1·13~2·23、『朝日新聞』)を書く地点へと進み出た。その際に、當然夏目金之助個人の特殊な經驗がそのままの狀態で書かれたというより、一種の理念によって作品世界は制御されていと言っていいだろう。すなわち、「道草」の世界は夫婦關係、そいて「權力」や「金力」と人間との關係などに對する、漱石の等身大の「答案」でもあった、1915(大4)年の「斷片」に次のような記述が目られる。