≪第一章(序章)≫ 本研究は、「渾淪」概念を手がかりに退渓学派の李滉(イ ファン)・丁時翰(ジョン シハン)・李象靖(イ サンジョン)・李震相(イ ジンサン)における「理発一...

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서울 : 서울대학교 대학원, 2026
학위논문(박사) -- 서울대학교 대학원 , 철학과(동양철학전공) , 2026. 2
2026
한국어
180
서울
vii, 175 ; 26 cm
지도교수: 정원재
I804:11032-000000196691
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≪第一章(序章)≫ 本研究は、「渾淪」概念を手がかりに退渓学派の李滉(イ ファン)・丁時翰(ジョン シハン)・李象靖(イ サンジョン)・李震相(イ ジンサン)における「理発一...
≪第一章(序章)≫
本研究は、「渾淪」概念を手がかりに退渓学派の李滉(イ ファン)・丁時翰(ジョン シハン)・李象靖(イ サンジョン)・李震相(イ ジンサン)における「理発一路説」の展開様相を究明することを目的とする。
「渾淪」は、道家を中心とする古代文献に端を発し、後に朱熹によって儒学的概念へと再構築された用語であり、哲学史の展開とともに深化を遂げてきた概念的枠組みといえる。とりわけ朝鮮においては、李滉と奇大升(キ テスン)による四端七情論争の過程で「渾淪」と「分開」という観点が提示された。それ以来、学派を問わず、「渾淪」という言葉は四端と七情の関係のみならず、理と気、体と用などを論じる上で頻繁に登場するようになった。従い、「渾淪」概念は朝鮮儒学を理解する上で欠くことのできない主要概念の一つであると言える。
しかし、現在の学界には「渾淪と言えば栗谷学派」という通念が依然として根強く存在している。その結果、退渓学派の学者が「渾淪」概念を提示したという事実だけで、直ちに栗谷学派の説を受容した、あるいは栗谷学派と折衷したかのように解釈されてしまうという問題が生じている。
そこで本論文は、「渾淪」概念の哲学史的文脈とその意味を検討することで、退渓学派における「渾淪」概念の用法を明らかにする。それを踏まえ、退渓学派の学者たちが「渾淪」概念をいかに多角的に活用し、理発一路説を発展させていったのか、その様相を究明する。
≪第二章≫
第二章では、「渾淪」という語が内包する多層的な意味、及び栗谷学派における「渾淪」概念の用法について検討した。
「渾淪」は本来、『列子』をはじめとする道家系の文献に初めて登場する語である。これらの文献において「渾淪」は、宇宙発生の根源であり万物の産出者である「気」の混沌とした状態を描写する用語として、万物の「未分化」を意味していた。
朱熹において「渾淪」は、一般的には「全体的な」「完全な」といった意味を表す状語として用いられていた。しかしその一方で、朱熹は道家における「渾淪」が世界の根源を形容するという側面に着目し、自身の思想体系に適合するよう再構築して用いたのである。朱熹は世界の究極的な根源として「理」を想定し、「理一分殊」、すなわち「理の体用」という文脈において、理または太極が「渾淪する」と説く。これは、本体として理があらゆる現象の原理や可能性を具備した「全体的な」ものであり、同時に理が現象においてそのまま顕現する「完全な」ものであることを意味するのである。
朱熹は、「理の渾淪」の延長線上で、現象レベルにおける「理気渾淪」を説く。すなわち、本体である理は気を媒介として現象へと顕現するため、現象界において理と気は分離することなく渾淪しているのである。この時、気は理の現象化を助ける媒介に過ぎず、現象の唯一の根源は常に理にあるため、朱熹の理気渾淪は「理を中心とする」特徴を持つと言える。
一方、栗谷学派は朱熹とは異なり、現象の具体的様態が気によって決定されるという世界観に基づいているため、その「渾淪」概念は「気を中心とする」特徴を呈している。それゆえ彼らは、この「渾淪」概念を用いて「気発一途説」を主張するに至るのである。
≪第三章≫
第三章では、退渓学派の始祖である李滉に遡り、理発一路説の淵源となる理論について考察を行った。
退渓学派は朱熹が提唱した理を中心とする「渾淪」概念を受け継ぎ、理発一路説を発展させた。まず李滉は、理を中心とする「渾淪」概念と「理の体用」という世界観に基づき、四端七情の「渾淪説」を主張する。すなわち、四端と七情はいずれも、基本的には本体である理が気を媒介としてそのまま顕れた善なる感情である。一方、いわゆる「互発説」(あるいは「分開説」ともいう)が示すのは、外物に接した際、心を構成する理と気のうち、いずれが刺激されたかという点であり、四端と七情がそれぞれ別個の根源を持つことを意味するものではない。従い、李滉自身は「理発一路」という表現を明示的には用いなかったものの、彼の渾淪説は、全ての感情の根源を単一なる理に帰する理発一路説の理論的可能性をすでに秘めており、それが後学たちが更に理発一路説を体系化していくための決定的な思想的淵源となったのである。
≪第四章≫
第四章では、丁時翰における理発一路説の発展について検討した。
丁時翰は、李滉の「渾淪」概念と理発一路説の理論的可能性を心に関する理論に活かし、「理気渾淪としての心」を提示する。つまり、四端と七情をはじめとするあらゆる現象を決定する根源はもっぱら本性、すなわち理であり、気は理の現象化を手伝う補助的手段の役割を果たすに過ぎないという意味で、心は理と気が渾淪したものである。四端と七情はいずれも理の顕現であることを説く「渾淪説」が、理気渾淪としての心の構造的側面において成立するのに対し、「分開説」はこの構造に基づき、実際に現象として現れた感情の発現において成立するのである。つまり、四端七情の分開説は、渾淪説をその前提としているのである。
≪第五章≫
第五章では、李象靖における理発一路説の深化について考察した。
李象靖は、「理気渾淪としての心」を活かし、李滉と丁時翰が提示した渾淪説では解明し難い「悪なる感情の発生」という問題への解決を試みた。彼の渾淪説では、理発一路の構造が維持されつつ、理気渾淪としての心が主宰するか否かという視点まで含まれる。正常な状況においては行為主体である心が主宰することにより、理発一路の構造を完全に発揮し、善なる四端・七情を現成させるが、心が主宰しなければ、例外的に理から逸脱した感情が発生するというものである。
更に李象靖は、理発一路説を強調するために、四端七情に関する渾淪説及び分開説に加え、新たに「剔撥」という説を提唱した。これは、理気のうち「理の側面」を、また感情の善悪のうち「善の側面」をそれぞれ抽出(剔撥)することにより、感情の「理発一路」を説明しようとするものである。かくして、李象靖は渾淪説・分開説・剔撥説のすべてにおいて、理を四端七情の唯一の根源として位置づけた。その結果、これら三説を貫通する極めて強固な理発一路説の体系を確立したのである。
≪第六章≫
第六章では、李震相による理発一路説の集大成について究明した。
李震相は、李滉の四端七情の渾淪説、丁時翰の「理気渾淪としての心」、及び李象靖の剔撥説を体系的に統合した。その上で、退渓学派の理を中心とする「渾淪」概念を更に推し進めることにより、理発一路説を確立するに至ったのである。彼は渾淪説を明確に「理発」と定義し、分開説における「気発」をも「唯一の根源である理が気を契機として顕れる」という意味合いで再定義することで、再び「理発」に帰結させる。すなわち、全ての感情は「理発」(主理)・「気発」(主気)のいずれに分属されようとも、本質的には理という単一なる根源を持ち、理から発せられるという点は変わらない。その結果、李震相は理発一路説を確立したのである。
また、李震相は、理と気によって構成される心の真の姿が、専ら「理」そのものであることを闡明すべく、「心即理」を主張した。これを通じて彼は、李滉の「理気の合としての心」、さらには丁時翰や李象靖の「理気渾淪としての心」に潜在していた理発一路説の本義を全面的に顕在化させ、同説こそが退渓学派の核心的理論であることを決定づけたのである。
≪第七章(結論)≫
本論文の結論として、退渓学派は世界の唯一の根源を「理」とする世界観に立脚し、朱熹が提示した理中心的な「渾淪」概念を創造的に継承し、それを独自の理論的基盤として活用した。これを通じて彼らは、理論の全容が理発一路説へと収斂する哲学体系を構築した。これは、栗谷学派が気中心的な「渾淪」概念を活用し、気発一途説を導き出した点とは、明確な対照をなしている。
退渓学派の学者たちは、李滉より継承された「渾淪」概念と「理発一路」の枠組みを共有しながらも、単に師説を遵奉するに留まらず、「渾淪」の用法及びその適用範囲を拡張することによって、理発一路説をより重層的に展開させた。この点において、退渓学派における「渾淪」概念及び「渾淪説」は、李滉哲学の理論的地平を永続的に拡張・深化せしめる、核心的な理論装置であったと言える。
다국어 초록 (Multilingual Abstract)
本研究旨在以「渾淪」概念為線索,究明退溪學派從李滉至丁時翰、李象靖、李震相之理發一路說的發展軌跡。 「渾淪」一詞溯源於以道家為中心的古代文獻,後頻見於朱熹之言論,並逐漸...
本研究旨在以「渾淪」概念為線索,究明退溪學派從李滉至丁時翰、李象靖、李震相之理發一路說的發展軌跡。
「渾淪」一詞溯源於以道家為中心的古代文獻,後頻見於朱熹之言論,並逐漸成為了儒學的概念之一,可謂是跟隨哲學史開展而演進的理論架構。特別是在朝鮮,自李滉與奇大升於四端七情之辯中提出了「渾淪説」與「分開説」(又云「互發説」「分別說」)的觀點之後,退溪學派和栗谷學派均積極使用「渾淪」一詞,以論述四端與七情,乃至理與氣、體與用等關係。由此可見,「渾淪」實爲理解朝鮮儒學時不可或缺的核心概念之一。然而,「『渾淪』乃栗谷學派專屬觀點」的通念,仍根深蒂固地存在於當前學界中。這導致不少退溪學派學者僅因提及「渾淪」一語,其思想便往往被逕自判定為「接受了栗谷學派之說」,或被解讀為「與栗谷學派折衷」。
有鑑於此,本論文先對「渾淪」一概念的文脈及其意義進行探討,並闡明退溪學派對「渾淪」概念之具體用法,進而究明該學者們如何多維度地活用此一概念,藉以建構並發展理發一路說之演進歷程。
「渾淪」一詞原出自《列子》等道家文獻,用以描繪宇宙發生之根源——「氣」的混沌狀態,象徵萬物未分化之原貌。其後,朱熹借鑒道家「渾淪」作為世界根源之意蘊,將其納入自身的儒學體系並賦予新義。朱熹將「理」設定為世界唯一的根源,並在「理之體」「理之用」(理之體用)的脈絡下,界定理為「渾淪的事物」,又界定太極為「渾淪的道理」。這意指理和太極作為本體,既是包羅所有現象作用之原理與可能性的「全體(渾淪)」,同時其亦完整顯現於現象作用之中,具備「完全(渾淪)」之意。
在這脈絡下,朱熹進而論及現象層面的「理氣渾淪」。就是說,本體之理以氣為媒介,藉其而顯現於現象之中,故於現象層面上,理與氣是不相離且渾淪的。然此時氣僅為輔助理之現象化的媒介,而現象的唯一根源始終在於理,故朱熹的「理氣渾淪」具有徹底以理為中心的特質。
有別於朱熹,栗谷學派對於「渾淪」的用法,乃是基於「現象之具體樣態取決於氣」這一世界觀立場,因而展現出以氣為中心的特徴。李珥亦即在此基礎上,進一步導向了其氣發理乘一途說。
另一方面,退溪學派忠實繼承朱熹所提出的,以理為中心的「渾淪」用法,並進一歩發展出理發一路說。首先,李滉基於以理為中心之「渾淪」觀點及理之體用的世界觀,主張四端七情渾淪說。他認為四端與七情在本質上皆是本體之理以通過氣此一媒介,而完整顯現出的純善情感作用。其所謂互發說其實旨在指出,當人心感於外物時,心中理與氣何者較受到感發,而非意指四端與七情各具不同的根源。因此,儘管李滉本人並未明言「理發一路」之語,然其渾淪說實已蘊含將情感根源歸諸單一之理的理論潛能,遂成為後學進一步體系化理發一路說時,至為關鍵的思想淵源。
丁時翰將李滉所提「渾淪」概念與理發一路說之理論潛能應用於心論,提出了「理與氣渾淪於一心」。換言之,決定四端七情等一切現象之根源唯在於本性(即理),而氣僅扮演輔助理之現象化的補助角色,在此意義上,理與氣渾淪於一心。換言之,理氣渾淪之心藴含著理發一路的意義。藉由此心之構造,四端七情之渾淪說與分開說的並存,獲得了具有整合性的解釋——説明四端七情皆為理之顯現的渾淪說成立於理氣渾淪之心的「構造面」;分開說則是基於此一構造,成立於情感實際發出後的「發用面」。如此,分開說乃是以渾淪說為其前提之說。
李象靖運用了丁時翰「理與氣渾淪於一心」的心論,試圖解釋「情不善」的問題。李滉與丁時翰的渾淪說主張四端七情的理發一路,故難以完全解明情不善的問題。李象靖於是在其渾淪說中不僅維持著理發一路的構造,同時亦進一步將心主宰與否的視角納入其中。在正常狀況下,心發揮其主宰功能,完全發揮其理發一路的機制,因而能呈現出純善之四端與七情;反之,心不宰則例外地産生偏離理而不善之情。
又,李象靖為強調理發一路說,在四端七情之渾淪說與分開說外,更提倡了剔撥說。此說透過從理和氣中剔撥出「理一邊」,從情感的善惡中剔撥出「善一邊」,藉以說明情感的理發一路。至此,李象靖於其渾淪、分開、剔撥三說中,一致將理視為四端七情的唯一根源。由此,確立了貫通此三說,架構宏大的理發一路說體系。
李震相系統性地整合了李滉的四端七情渾淪說、丁時翰的理氣渾淪之心以及李象靖的剔撥說,並在此基礎上進一步推展退溪學派以理為中心的「渾淪」概念,最終確立了理發一路說。他將渾淪說明確定義為「理發」,並將分開說中所謂的「」,重新詮釋為「情感的唯一根源——理——因氣而顯現」,從而將其悉數歸結於「理發」。易言之,一切情感無論是分屬於「理發」(主理)還是「氣發」(主氣),其本質上皆具有理這單一根源,且均發源於理,同為理之呈現。
此外,李震相為闡明由理氣所構成之心,其本質實則專在於理,遂進而主張「心即理」。藉此,他將李滉「心合理氣」,以及丁時翰、李象靖「理氣渾淪之心」等命題中所蘊含的理發一路說之本義,予以全面的顯現與理論發揚,於是定鼎了理發一路說作為退溪學派核心理論的至高地位。至此,李震相遂集退溪學派之大成,最終完備了理發一路說的理論體系。
綜上所述,本論文之結論如下:退溪學派立足於以「理」為世界唯一根源之世界觀,創造性地繼承了朱熹所提出的以理為中心的「渾淪」概念,並將其轉化為獨有的理論基礎。藉此,退溪學派構建了一個其主要理論內容皆悉數歸結於「理發一路說」的哲學體系。這與栗谷學派運用以氣為中心的「渾淪」概念而導向氣發一途說的立場,形成了强烈的對比。
退溪學派學者們在共享李滉的「渾淪」概念與「理發一路」之架構的同時,並非僅止於遵奉師說,而是透過擴張「渾淪」之用法及其適用範疇,使理發一路說展現出更為豐富的的理論面向。總括而言,退溪學派中的「渾淪」概念及「渾淪說」,無疑是使李滉哲學之理論視域得以不斷擴張與深化的核心理論機制。
다국어 초록 (Multilingual Abstract)
‘Honlun’ (渾淪), a term originated in Daoism and was later re-created as a Neo-Confucian concept by ZHU Xi (朱熹), is a conceptual framework that evolved throughout philosophical history. This study aims to elucidate the meaning and context of...
‘Honlun’ (渾淪), a term originated in Daoism and was later re-created as a Neo-Confucian concept by ZHU Xi (朱熹), is a conceptual framework that evolved throughout philosophical history. This study aims to elucidate the meaning and context of the honlun concept used within the Toegye School and, by using this concept, to investigate the developmental trajectory of the Theory of Li’s Manifestation as One Route (理發一路說), tracing its lineage from YI Hwang (李滉) through JEONG Sihan (丁時翰) and YI Sangjong (李象靖) to YI Jinsang (李震相).
Honlun first appeared in Daoist texts such as the Liezi (『列子』), describing the undifferentiated state of the only origin of the universe, ki. Later, ZHU Xi transformed the concept to fit his Neo-Confucian model. Positing li as the sole origin of the world and that all phenomena are manifestations of li, he describes li as honlun. This means that li is the ‘whole’ encompassing all principles and possibilities of phenomena, and at the same time is ‘complete’ as it fully manifests in phenomena. On this basis, ZHU explains the non-separateness between li and ki as honlun (理氣渾淪). Although li and ki do not separate with each other in a phenomenon, the honlun relationship here is a ‘li-centric’ one because li is always the sole origin which generates every phenomenon while ki merely serves as a medium helping li’s manifestation.
The honlun concept finds application in a wide range of contexts in Joseon Neo-Confucianism. Unlike ZHU Xi, the Yulgok School uses the concept based on the thought that the concrete forms of phenomena are determined by ki. The honlun concept used by the school thus exhibits a ‘ki-centric’ feature. By utilizing ki-centric honlun, the school advances toward the Theory of Ki’s Initiation as One Route (氣發一途說).
The Toegye School inherits ZHU Xi’s ‘li-centric honlun’ and develops the Theory of Li’s Manifestation as One Route. YI Hwang, when arguing for the relationship between the Four Sprouts and the Seven Emotions, presents the ‘honlun view’ (渾淪說) by applying li-centric honlun, which is based on the idea that all phenomena are determined and generated by the sole origin of li. He then suggests that both the Four and the Seven are li’s manifestation and are therefore morally good in the same manner. In this sense, the theoretical potential of Li’s Manifestation as One Route is already latent in his ‘honlun view’, while the view of differentiating (分開說) the Four and the Seven only demonstrates the difference in the part of the heart-mind that is stimulated upon contact with stimuli, and does not having meaning that the Four and the Seven possess two separate origins respectively.
The use of li-centric honlun and the theoretical potential of Theory of Li’s Manifestation as One Route is subsequently deepened by later scholars of the Toegye School. JEONG Sihan proposes the ‘Heart-mind of li-ki honlun’, the heart-mind in which li and ki are inseparable in the sense that human nature, i.e., li manifests as the Four and the Seven with ki as a medium. Under this structure of heart-mind, the compatibility between the ‘honlun view’ and ‘differentiating view’ of the Four-Seven is explained coherently, in the way that the latter presupposes the former.
YI Sangjeong, by employing the concept of the heart-mind of li-ki honlun, seeks to resolve the problem about the existence of immoral reactions, which can be an issue in the honlun view presented by YI Hwang and JEONG Sihan. He takes the point of whether the heart-mind of li-ki honlun functions properly or not into consideration. If heart-mind fails to fully operate its structure of li’s manifestation as one route, then reactions deviating from li arise.
Furthermore, in order to emphasize the idea of li’s manifestation as one route, YI Sangjeong adds the view of ‘singling out’ (剔撥說), a view which singles out the ‘li side’ from li and ki, as well as the ‘morally good side’ in terms of reactions. Since the idea that li is the sole origin of all phenomena is applied to all the theories of ‘singling out’, ‘honlun’, and ‘differentiating’, YI Sangjeong successfully constructs a powerful logic of li’s manifestation as one route that penetrates all these three views.
YI Jinsang integrates YI Hwang’s honlun view, JEONG Sihan’s idea of ‘heart-mind of li-ki honlun’, and YI Sangjeong’s view of ‘singling out’, and finally establishes the Theory of Li’s Manifestation as One Route as the core theory of the Toegye School. He pushes the li-centric characteristic of honlun to an extreme and clearly defines the honlun view in the Four-Seven theory as ‘Li’s manifestation’ (理發). He redefines the term ‘Ki bal’ (氣發) in the ‘differentiating view’ as meaning ‘the sole origin li manifesting with ki as a trigger’, thereby converging it also to ‘Li’s manifestation’ (理發).
Furthermore, YI Jinsang advocates ‘Heart-mind is Li’ (心卽理) to declare that even though li and ki are never separable in heart-mind, it is li which is the only true nature of heart-mind. This notion reflects the implications of the Theory of Li’s Manifestation as One Route that already inherent in YI Hwang’s idea of ‘Heart-mind combines Li and Ki’ (心合理氣), as well as JEONG Sihan and YI Sangjeong’s idea of ‘Heart-mind of Li-ki Honlun’.
In conclusion, the Toegye School follows and makes full use of ZHU Xi’s li-centric honlun, based on the thought that li is the sole origin of the world and generates every phenomenon. By doing so, the Toegye School constructs a philosophical framework in which all their theories ultimately converge on the Theory of Li’s Manifestation as One Route. This is obviously different from the case of the Yulgok School, which advances to the Theory of Ki’s Initiation as One Route using the ki-centric honlun concept.
Although scholars of the Toegye School share the li-centric honlun concept and the idea of li’s manifestation as one route, they do not merely adhere to their master YI Hwang’s viewpoints. Instead, they contribute to the rich development of the theory by expanding the scope of application of the honlun concept. In this respect, the honlun concept and related theories serve as key theoretical devices that enable the continuous evolution and refinement of the theoretical horizons of YI Hwang’s philosophy in the Toegye School.
본 연구에서는 ‘渾淪’ 개념의 역사적 맥락과 의미를 검토하여 퇴계학파의 고유한 ‘渾淪’ 용법을 확인하고, 이를 길잡이로 삼아 李滉으로부터 丁時翰, 李象靖, 李震相으로 이어지는 理...
본 연구에서는 ‘渾淪’ 개념의 역사적 맥락과 의미를 검토하여 퇴계학파의 고유한 ‘渾淪’ 용법을 확인하고, 이를 길잡이로 삼아 李滉으로부터 丁時翰, 李象靖, 李震相으로 이어지는 理發一路說의 발전 양상을 구명하려 한다.
‘渾淪’은 본래 『列子』 등 도가 계열의 문헌에서 처음 등장한 용어로서, 기본적으로 만물의 미분화를 의미하며, 우주 발생의 근원이자 산출자인 氣의 혼돈 상태를 묘사한다.
이후 朱熹는 도가의 ‘혼륜’에 보이는 ‘세계의 근원’을 묘사하는 맥락을 따르면서도, 한편으로는 이 개념을 자신의 신유학적 체계에 맞게 재창조한다. 주희는 세계의 유일한 근원으로 理를 상정하고, ‘理의 體用’이라는 맥락에서 理 또는 太極을 ‘渾淪하다’고 묘사한다. 이때 리의 ‘혼륜’이란, 리라는 본체가 모든 현상 작용의 원리와 가능성을 포괄한다는 점에서 ‘전체(渾淪)’를 의미하고, 동시에 본체의 원리와 가능성이 현상 작용에 온전하게 현현한다는 점에서 ‘완전(渾淪)’의 의미를 내포한다.
주희는 리의 혼륜함을 전제로 하여 현상적 차원에서의 ‘理氣渾淪’을 말한다. 즉, 본체인 리는 기를 매개로 삼아 현상으로 드러나므로, 현상 차원에서는 리와 기가 분리되지 않고 혼륜하다는 것이다. 이때 기는 리의 현상화를 돕는 매개에 불과하며, 현상에 대한 유일한 근원은 언제나 오직 리라는 점에서 주희의 리기혼륜은 철저히 ‘理 중심적’인 특징을 지닌다.
한편 율곡학파의 ‘혼륜’ 이해는 비록 주희의 理氣不相離 명제를 문헌적 근거로 삼지만, 실제적인 내용에 있어서 ‘氣 중심적’인 특징을 보인다. 이이의 ‘혼륜’ 용법은 리와 기가 서로 분리되지 않는 존재의 구성 방식을 묘사하는 데 방점이 있으며, 이는 만물의 운동 현상과 질적 양태가 실질적으로 기에 의해 결정된다는 그의 존재론을 구성하는 데 핵심 기제로서 기능한다. 이이의 理氣渾淪은 그의 주요 학설인 氣發理乘一途說・理通氣局論을 효과적으로 형성하는 이론적 장치이자, 퇴계학파의 理氣互發說을 비판하는 강력한 논거로서 활용된다.
이와 달리, 퇴계학파는 주희가 제시한 리 중심적인 ‘혼륜’ 용법을 발전시켜 理發一路說을 전개한다. 우선 李滉은 리 중심적인 ‘혼륜’ 용법과 ‘리의 체용’이라는 존재론에 입각하여 사단칠정 渾淪說을 주장한다. 즉 사단과 칠정은 모두 기본적으로 본체인 리가 기를 매개로 삼아 온전하게 드러난 선한 감정 작용이라는 것이다. 이황의 혼륜설은 모든 감정의 기원을 단일하게 리로 상정한다는 점에서 리발일로설의 이론적 가능성을 내포하고 있으며, 훗날 퇴계학파 내에서 리발일로설이 이론적으로 구체화되는 철학적 연원이 된다.
丁時翰은 이황의 渾淪 개념과 理發一路說의 이론적 가능성을 마음 이론에 적용하여 ‘理氣渾淪의 마음’을 제시한다. 리기혼륜의 마음 구조에서 모든 현상 작용을 결정하는 근원은 오로지 리이며, 기는 리를 현상화하는 보조적 수단에 불과하다. 이러한 마음 구조에서 일견 대립하는 것처럼 보이는 사단칠정 渾淪說과 分開說은 정합적인 하나의 체계를 구성하게 된다. 즉 혼륜설은 마음의 영역 전체에서 리의 체용이라는 구조적인 차원으로 성립하고, 분개설은 이 구조를 전제로 한 감정이라는 현상적인 차원에서만 성립한다는 것이다.
李象靖은 ‘리기혼륜의 마음’을 활용하여 이황과 정시한의 사단칠정 혼륜설에서 나올 수 있는 이론적 문제를 해명하고자 한다. 리의 체용을 중심으로 한 사단칠정 혼륜설은 구조적으로 언제나 선한 본성에서 선한 감정만이 발생한다고 보기 때문에 현실적인 ‘악한 감정의 발생’를 해명해야 하는 숙제가 있다. 이상정의 혼륜설은 리발일로의 구조를 유지하면서도, ‘리기혼륜의 마음’에 포함된 主宰의 기능과 역할에 주목한다. 즉 정상적인 상황에서 행위 주체의 마음은 기본적으로 리발일로의 구조를 온전히 발휘하여 선한 사단칠정을 산출하지만, 마음이 주재하지 않는 비정상적인 상황에서는 예외적으로 리에서 이탈한 악한 감정이 발생한다는 것이다.
이상정은 리발일로설의 성격을 더욱 분명하게 부각하기 위해, 혼륜설과 분개설 이외에 별도로 剔撥說을 제시한다. 즉 리와 기에서 ‘리의 일변(理一邊)’을, 감정의 선과 악에서 ‘선의 일변(善一邊)’을 추려내서 규정할 수 있다는 것이다. 결국 이상정은 渾淪說, 分開說, 剔撥說 전반에 걸쳐 리를 사단칠정의 유일한 근원으로 상정함으로써, 이 세 가지 이론을 관통하는 매우 강력한 리발일로설의 체계를 구축한다.
李震相은 이황의 사단칠정 渾淪說, 정시한의 ‘理氣渾淪의 마음’, 이상정의 剔撥說을 체계적으로 통합하고, 퇴계학파의 理 중심적인 渾淪 용법을 철저하게 밀고 나가, ‘理發一路說’이라는 명칭 아래 이를 이론적으로 공식화한다. 그는 사단칠정 혼륜설을 분명하게 ‘理發’로 규정하고, 분개설의 ‘氣發’을 ‘유일한 근원인 리가 형기를 계기로 드러남’으로 재해석함으로써 역시 理發로 귀결시킨다.
나아가 이진상은 리와 기를 아우르는 마음의 참된 모습이 오로지 리뿐임을 역설하기 위해 心卽理를 주장한다. 이를 통해 이황의 ‘心合理氣’ 및 정시한과 이상정의 ‘理氣渾淪의 마음’에 함축된 리발일로설의 의미를 전면에 내세움으로써 리발일로설이야말로 퇴계학파의 핵심적 이론임을 천명한다.
결론적으로, 퇴계학파는 세계의 유일한 근원을 리로 상정하는 세계관에 입각하여, 주희가 제시한 리 중심적인 ‘혼륜’ 용법을 충실히 계승하고 활용한다. 이를 통해 그들은 이론의 내용과 맥락 전반이 리발일로설로 귀결되는 철학 체계를 구축하고 있다. 이는 율곡학파가 기 중심적인 특색을 띤 ‘혼륜’ 개념을 활용하여 기발일도설로 나아간 점과 분명한 차이를 보인다. 퇴계학파 학자들은 이황으로부터 전해진 ‘혼륜’ 개념과 ‘리발일로’의 틀을 공유하면서도, 단순히 스승의 설을 준봉하기만 한 것이 아니라, ‘혼륜’ 용법의 적용 범위를 확장함으로써 리발일로설을 풍부하게 전개한다. 이러한 점에서 퇴계학파에게 ‘혼륜’ 개념과 ‘혼륜설’은, 이황 철학의 이론적 지평을 지속적으로 확장하고 심화시켜, 학파의 정체성과 정합성을 강화하는 핵심적인 이론적 장치라 할 수 있다.
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